日本語を知り、「生き方」を考える

5世紀ごろに、日本に漢字が伝わり、日本語を文字に書き表すようになってから、千年以上が経ちます。それまで、「話し言葉」だった日本語に文字があてはめられ、「書き言葉」が発展することで、より広範囲に、そして、時間を越えて、日本語が広まりました。

6世紀には、大陸から仏教が伝来。日本社会に浸透するにつれ、多くの仏教用語が日本語にも取り入れられていったようです。その中には、現在も頻繁に用いられる言葉も少なくありませんが、「出世」「利益」「快楽」など、本来の意味から真逆ともいえるぐらい、意味が変わってしまったものもあります。 … 続きを読む

「生きる喜び」に気づく、お寺での文化体験

私は今まで、主に伝統産業を中心として産業振興のお仕事をさせていただいてきました。多くの中小企業さんや職人さんとご縁をいただき、素材や技術の棚卸しから新商品開発、プロモーションなどを通じ、伝統産業の現代社会における市場価値を高める、ビジネスのお手伝いをしてきました。その一方で、文化分野、いわゆる「作品」や「アート」と呼ばれるもの、例えば、美術や音楽、文学、演劇などは、作家性、趣味嗜好性が強く、公的な支援メニューが限られることもあり、私も意識的に一線を引いてきたところがあります。しかし、同時に、そのことにある種のもどかしさを常々感じていたのも事実です。

身の回りを少し見渡すだけでも、サブカルチャーはともかく、従来の文化、いわゆるハイカルチャー(美術、音楽、文学など)に対する関心が少しずつ薄らいできているような気がしてなりません。かつては社寺仏閣や大企業などがパトロンとなって無名の作家を育て文化を振興してきましたが、近年の企業メセナ活動もまだまだ充分なものとは言えません。家庭からは工芸品が姿を消し、骨董好きのコレクションとなってしまいました。合理主義と経済原理に洗脳された私たちにとって、機能性も資産価値も見い出せないような文化はもはや無用なのでしょうか。もしくは、いったいどんな意味があるというのでしょうか。 … 続きを読む