心の垢と大掃除

平均5.5時間。朝の情報番組で流れていた年末の大掃除の平均時間。一方、我が家と言えば、既に4日間・計40時間近くも掃除をしています。仏間や境内など寺院固有のスペースが広いうえ、日頃は生活空間しか掃除できてないため、12月は掃除に忙殺される毎日です。

そもそも、この年末の大掃除の習慣は、新年を迎えるにあたり歳神様を自宅に招き入れるために、旧年の穢れを落とす、神道の「すす払い」に由来しているそうです。家にたまったすすを払い、門松やしめ縄、鏡餅を飾るという一連の宗教的行事の一部だったともいえますが、次第に宗教的・精神的な意味は薄れ、今や、年末にまとめて掃除する、といった習慣だけとなってしまったように感じます。

一方、仏教においても、年末のすす払いなどの行事はあるものの、修行としては日々の掃除が重視されており、次のような仏話も残っています。

浄土真宗の経典「仏説阿弥陀経」にも登場する、お釈迦様の十大弟子のひとり、周利槃特(しゅりはんどく)は、誰よりももの覚えが悪く、理解力も低い。自分の名前すら覚えられないほどで、お釈迦様から教えを聞いても理解できず忘れてしまう。何年も修行を重ねたが一向に上達しない彼に、お釈迦様は掃除を命じる。隅から隅まで黙々と何年間も掃除を続けても、お釈迦様は何も教えを授けてくれない。そんなある日、掃除したばかりの境内を汚した子供たちに、周利槃特は声を荒げて怒ってしまう。
その時、周利槃特は、お釈迦様の真意に気づき、悟りを得る。本当に掃除が必要だったのは、自分の心。消しても消しても、次々と煩悩が湧いてくる。人は誰しも煩悩から逃れられない弱い存在だからこそ、ひたむきに掃除し続けることが必要なのだと。

掃除をしたそばから、すぐ汚れていく様子は、抑えても抑えても次々と煩悩が沸き起こる心の様に重なります。心の汚れは、年末にまとめて掃除できるものではなく、毎日の小さな心がけこそが欠かせないのだと教えてくれます。

ところで、企業経営においても、5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)活動が職場環境改善はもとより、モチベーションアップや業務効率化、経営改善に有効な手法として注目され、世界中に広まっています。企業再生請負人の日本電産・永守社長は、倒産する会社の共通点として工場の清掃が行き届いていないことをあげ、新入社員に1年間トイレ掃除を命じているそうです。

日本独特ともいえる奥深い「掃除」。年末ぐらいはお掃除ロボットに頼らず、じっくりと「家」と「心」の垢と塵を取り除きたいものです。