10月1日(日)、当院で、東日本大震災チャリティ「北欧展カンテレコンサート」が開催されました。ま た、カンテレの演奏の前に、東日本大震災追悼法要も勤めさせていただきました。
「カンテレ」とは、フィンランドの伝統民族楽器で、木の土台に張った金属製の弦を指やピックではじくシンプルなもの。数年前から、北海道や東京では静かなブームらしいのですが、関西ではまだ珍しいからか、老若男女30名以上の方にお越しいただき、会場となったお座敷と仏間はほぼ満席。
カンテレ奏者の大西智子さんは、中型と小型の二大のカンテレをご持参。フィンランドの暮らしや文化、自然にまつわるお話しを交えながら、5~6曲ほどの演奏がありました。穏やかな語り口と、澄んだ音色に、会場にはゆったりとした時間が流れました。
また、演奏後の茶話会では、主催者がご用意してくださったフィンランドの伝統菓子を食べながら、フィンランド話に花が咲きました。
震災ボランティアで東北を訪れてから早6年。私も世間も、記憶が次第に風化してきていることに、不安と危機感を感じていましたが、かと言って、私にできることもなく悶々としていたところ、今回のお話しをいただき、不思議なご縁を感じています。
当日、法要では、次のような和讃(日本語でよむお経)をよませていただきました。
安楽浄土にいたる人、五濁悪世にかへりては、
釈迦牟尼佛のごとくにて、利益衆生はきわもなし
大胆に意訳しますと、
お亡くなりになった方々は、皆さんが故人に手を合わせ想いだすことによって、この煩悩にまみれた現生に戻って来られます。
そのお釈迦様のようなお姿を通じて、私達は、今生きている有難さに改めて気づくことができるのです。
といった感じでしょうか。
6年前、私が陸前高田市で見たのは、津波の前日まであったはずの、当たり前の暮らしがまるで嘘のような光景でした。日々の暮らし、かけがえのない家族・友人。残念ながら、私達は、そのあたり前に気づくことができず、またすぐに忘れてしまいます。しかし、故人に手を合わせ、東日本大震災を振り返るとき、改めて、その当たり前のありがたさに気づくことかできるのではないでしょうか。
貴重な機会を与えてくださった主催者・関係者の皆さん、そして、当院にお越しくださった来場者の皆さん、本当にありがとうございました。