お盆って何のためにあるの?

日本には古くから、ご先祖様を敬い、故人を偲ぶ「お盆(盂蘭盆会)」の習慣があります。お盆になると、ご先祖様があの世から家に戻ってくると考えられ、迎え火や送り火を焚いたりします。また、多くの仏教宗派では、「追善供養」の意味合いを持つ重要な行事とされています。追善供養とは、生きている者が故人のために善行を積むことで、故人があの世でより良い報いを受けられるよう願うものです。
 
しかし、浄土真宗では、お盆に対する考え方が他の宗派と少し異なります。

浄土真宗では、亡くなった方はすぐに阿弥陀如来の慈悲によって浄土に往生し、仏様になると考えられています。そのため、「この世に戻ってくる」という概念がありません。また、故人はすでに安らかな世界で仏様となられているので、「追善供養」の必要もありません。

親鸞聖人は『歎異抄』の中で、「父母の孝養のためとて、一辺にも念仏まうしたる事なし。そのゆゑは、一切の有情はみなもて世々生々の父母兄弟なり。いづれもいづれもこの順次生に仏になりあらせたまふべきなり。」(親鸞は、父母の孝養のために念仏を称えたことはない。なぜなら、すべての生きとし生けるものは、過去世からの父母兄弟であり、やがて皆が仏となるからである。)と、おっしゃっています。

この一節は、親鸞聖人が「父母の孝養のために念仏することはない」と述べられた箇所として知られています。これは、世間一般の孝行のあり方を否定しているのではなく、故人は阿弥陀如来の慈悲によって既に浄土に往生し、仏となっているため、生きている者が善行を積んで故人の功徳を増すという追善供養の必要がない。すべての衆生が仏となる可能性を秘めているから、特定の肉親のためだけに特別な計らいをする必要はない、という教えを意味しています。

では、浄土真宗にとってお盆はどのような意味を持つのでしょうか?

浄土真宗のお盆は、故人を偲び、感謝の気持ちを新たにし、阿弥陀如来の教えに心を寄せる大切な時間です。故人が残してくれたご縁に感謝し、私たちが今、生きていることの尊さをかみしめる。それが、浄土真宗におけるお盆の本当の意味と言えるでしょう。このお盆の時期に、故人との思い出を大切にし、穏やかな気持ちで手を合わせてみてはいかがでしょうか。