[生きる智慧] 刹那の時代

忙しい毎日でごまかしているけれど、ふと空しくなることがある。無力感を感じることがある。逃げ場のない不安感に襲われることがある・・・。でも、それはあなただけじゃありません。さあ、一緒に探しませんか。イキイキと毎日を過ごすための生きるチエ。


刹那の時代

地震・津波・台風・洪水などの天災や、テロによる爆破事件、怨恨殺人、弱者への虐待、親子殺人など世間を賑わせる事件は後を絶たず、刹那の時代とは言え、よくもこれだけ次から次へと事件が起こるものだと感心すると言うより、圧倒されてしまいます。

事件が起こる度にインタビューでよく耳にする、「普通の人ですよ・・・。」「大人しく真面目な人でしたよ・・・。」と言う言葉が如何にも空々しく、人の二面性を語る以前に、希薄な人間関係しか作れない現代社会の悲しさを感じずにはおれません。

お金さえあれば何でも手に入る時代、他人はおろか親子関係までも、金銭的利害関係に追い込んでしまった社会に、怒りさえ覚えます。人間の長い歴史の中で、先人達が命を掛けて築いてきた「共に生きるための智慧」は何処に行ったのか、今一度真剣に学ぶ時が来ています。

現代社会は、人類共通の歴史的遺産とも言うべき生活習慣や価値観を、古い、時代に合わない、と言う一言で、その本質を見ようともせず、経済合理主義の観点のみから無責任に否定する風潮があります。利己主義や、極端な個人主義、薄っぺらな平等主義がこの傾向に更に拍車を掛けています。矛盾に満ちた人間の全てを受け入れ、多種多様な考え方や能力の違った人々が共に幸せな人生をおくるための先人の智慧は人間の歴史そのものです。私達はその「智慧」を日々の生活で学び実践する以外、共に幸せに生きる術はありません。

過去や未来や周りに思いを寄せることなく、ひたすら己の欲望を満そうとする「刹那の時代」。めいめいが身勝手に欲望を追求することは、牽いては争いを招き決して自分にとっても幸せに繋がるものではありません。自分自身が過去の無数の人々との関わりの中で存在し、無数の人々と関わりながら今を生き、未来に繋がっている一つの存在であることを感得した時、楽しいことや辛いことも全て受け入れて、感謝に満ち、互いを尊重し合う生き方が生まれきます。

先人の遺徳を学び、過去に感謝し、未来に希望を抱き、志を持って今を生きることこそ「生きる智慧」ではないでしょうか。

(住職)